海外市場はすべて同じ役割ではない——ゴールドウインのグローバル戦略に学ぶ市場選択
海外市場を市場規模や短期売上だけで比較していないだろうか。ゴールドウインのロンドン、ソウル、ニューヨークへの展開から、各市場に異なる戦略的役割を持たせる考え方を読み解く。
海外展開を考えるとき、企業は異なる国や地域を同じ指標で比較しがちです。
市場規模はどれほど大きいか。成長率は高いか。見込み顧客は何人いるか。
もちろん、どれも重要な問いです。ただ、それだけで比較すると、海外展開は「魅力的な市場を順位づけし、上位から進出すること」のように見えてしまいます。
実際には、市場ごとに事業上の役割が違っていてもよいはずです。
ある市場は売上を生む場所。別の市場はブランドの認知を高め、顧客理解を深め、信頼を築く場所。さらに別の市場は、他地域での事業機会につながる人脈や実績をつくる場所かもしれません。
市場選択とは、最も大きな機会を探すことだけではありません。その市場に自社の事業にとって何を担ってもらうのかを決めることでもあります。
その視点で見ると、ゴールドウインの近年の海外展開は興味深い事例です。
ゴールドウインの海外展開は、市場ごとに進め方が異なる
まず、これまでの経緯を整理しておきます。
ゴールドウインは2019年に海外初の直営店「Goldwin San Francisco」を開設し、2020年には欧州初の直営店をミュンヘンに、2021年には中国本土初の直営店を北京に開設しました。その後、特に中国本土で店舗網を広げています。
同社が掲げる「Goldwin 500」戦略では、2033年までにGoldwinブランドのグローバル売上高約500億円を目指しています。
ここで注目したいのは、すべての地域を同じ成長モデルで捉えているわけではないことです。
統合報告書2024や関連する戦略資料では、店舗展開を加速する市場と、まずブランド認知や世界観への理解を育てる市場とが区別されています。
この違いに、海外市場を考えるうえでのヒントがあります。
市場によって「仕事」は違ってよい
中国では大きな事業成長の可能性を見込み、直営店網を積極的に拡大してきました。一方、欧州と北米では、ブランドの認知と、Goldwinが何を大切にするブランドなのかを伝えることを重視し、より慎重に展開する姿勢を示しています。
つまり、市場ごとに求める成果が異なります。
短期的な売上だけを共通の評価基準にする必要はありません。売上そのものが重要な市場もあれば、ブランドの位置づけを明確にすること、現地の知見を得ること、他市場にも通用する実績を築くことに価値がある市場もあります。
「その市場は魅力的か」だけでなく、「その市場に自社の事業の何を担ってもらうのか」を問う。
この違いは小さくありません。
ロンドン——欧州に向けたコミュニケーション拠点
2026年1月、ソーホーのブロードウィック・ストリートにGoldwin Londonがオープンしました。欧州で2店舗目の直営店であり、欧州の旗艦店です。
同社はロンドンを、欧州での存在感を高めるための拠点であると同時に、市場とのコミュニケーションを担うハブとして位置づけています。
さらに興味深いのは、ロンドンでの展開が東アジア地域にも波及効果をもたらすことを期待している点です。
つまり、ロンドンの店舗価値は、ロンドンや欧州で生まれる売上だけでは測れません。そこで発信されるブランドの価値や存在感が、別の地域に与える影響も含まれています。
事業を行う場所と、その活動が影響を及ぼす市場の範囲は、必ずしも一致しないのです。
ソウル——事業成長と発信力が重なる市場
翌2026年2月には、江南・島山エリアにGoldwin Seoulがオープンしました。韓国初の旗艦店であり、開業時点でブランド最大規模の店舗です。
ゴールドウインは韓国をグローバルなファッション発信地として捉え、韓国での存在感を中国や世界でのブランド強化にも結びつけています。
島山エリアという立地も、その考え方と無関係ではないでしょう。ファッション関係者やクリエイター、感度の高い消費者が集まる環境では、ブランドの可視性を高める活動と商業的な成長が相互に作用し得ます。
ソウルの役割を一つに限定する必要はありません。重要なのは、韓国市場の価値を、より広い東アジア戦略との関係で捉えていることです。
ニューヨーク——過去の市場経験を次の判断につなげる
Goldwin New Yorkは2026年4月にオープンしました。
事業開発の視点から特に参考になるのは、ゴールドウインがすでに米国で店舗運営を経験していたことです。
2019年に開設したサンフランシスコ店は2025年10月に閉店しました。しかし、同社はその経験を単なる撤退として終わらせていません。
ニューヨーク店の開業発表では、サンフランシスコでの営業を通じて顧客の反応や現地ニーズを直接把握できたこと、米国のECではニューヨークからの注文数がカリフォルニア州と同程度に達しており、東海岸に高い可能性を見いだしたことが説明されています。
そして、その知見がニューヨークへの出店判断につながったと明示されています。
これは、市場で得た学びを、次の市場判断に転換した例といえるでしょう。
海外市場での活動は、次に拠点や形式、アプローチを変えることになったとしても、価値を生み得ます。
市場選択は、一度決めたら終わりではない
海外進出を、国や地域を一度選んで固定する意思決定と捉えることがあります。日本に進出する。米国に進出する。欧州に進出する、といった具合です。
しかし、市場も顧客も変化します。どの価値が海外で伝わり、何を現地に合わせる必要があるのかも、活動を続けることで明確になります。予想外の場所から重要な関係が生まれることもあります。
当初は学びを得るための市場が、後に売上の柱になるかもしれません。販売市場として始めた場所が、ブランドの信頼を高める拠点として大きな意味を持つこともあります。
ある都市での経験が、別の都市への進出を後押しする場合もあるでしょう。
大切なのは、次の判断を何によって正当化するのか、その根拠をあらかじめ考えておくことです。
進出先の都市をまねる必要はない
この事例から得るべき教訓は、日本企業もロンドン、ソウル、ニューヨークに店舗を開くべきだ、ということではありません。
ゴールドウインの選択は、同社のブランド、顧客、商品カテゴリー、グローバル戦略があってこそ成り立つものです。他社には別の順序が適しているかもしれません。
B2Bメーカーであれば、重要な技術パートナーが集積する市場に意味があるでしょう。デザイン企業なら、建築家や仕様選定者からの評価を得られる市場かもしれません。テクノロジー企業であれば、短期的な売上の最大化よりも、先進的な顧客が製品をどう使うかを学ぶことが最初の目的になる場合もあります。
進出すべき地域は変わっても、根本の問いは変わりません。
この市場で、私たちは何を検証し、何を築き、何を学ぶ必要があるのか。
海外成長を考えるための、もう一つの視点
市場規模も売上も重要です。ただし、それだけで、なぜ特定の市場に投資すべきなのかを説明しきれるわけではありません。
ゴールドウインの展開が示唆的なのは、ロンドン、ソウル、ニューヨーク、そしてアジアの各市場が、同一ではない役割を担っている点です。それぞれの市場が異なる形でグローバルなブランド形成と事業成長に貢献しています。
他の企業にとって参考になるのは、都市の名前ではなく、投資を決める前に、その市場で達成すべきことを定義する姿勢でしょう。
市場ごとに役割が違ってよい。その役割が明確であるほど、現地で得た成果や学びを次の意思決定に活かしやすくなります。
海外市場での経験をどのように次の事業判断につなげるかについては、「市場と市場の間で23年——海外事業開発で変わったこと、変わらないこと」でも考察しています。