ポルトガルのファッション製造業に学ぶ——職人技と技術革新を市場の需要につなげるには
ポルトガルのファッション・靴産業は、職人技と先端技術への投資を進めています。しかし、製造能力を商機に変えるには市場の需要が欠かせません。国連での議論から海外市場開拓を考えます。
2026年9月10日、ニューヨークの国連本部で開かれたファッションの未来を考えるセッションで、印象に残った問いがありました。
「長く使われるものとは、何か」
この問いから始まったのが、ニューヨーク・ファッションウィーク期間中に開催された「Made to Matter: Portugal」です。国連パートナーシップ事務所によるUnited Nations Fashion and Lifestyle Networkの2026年年次会合の一環として行われました(イベント情報)。
私も国連のGoals Loungeで参加しました。テーマはサステナブルファッションでしたが、議論の中心には、製造業としてのポルトガルが、職人技、技術力、イノベーション、そして価値によってどう競争するかという産業戦略の問いがあったように感じました。
AICEPおよび主催に関わったポルトガルの業界団体によると、同国のファッション産業には6,000社以上があり、輸出額は70億ユーロを超えます。過去3年間には、復興・強靱化計画の支援を受け、イノベーション、デジタル化、新素材、サステナビリティ、生産設備の近代化を中心に、2億ユーロ超の投資が動員されました。
しかし、私がより重要だと感じたのは、その生産能力や技術が整った後に何が必要なのかという点です。
価格ではなく、価値で競争する
最初のセッション「The Portuguese Model: Competing on Value」には、ANIVEC/APIVのCésar Araújo氏と、APICCAPS会長のLuís Onofre氏が登壇しました。
二人が語った競争力は、製造コストの安さとは異なるものでした。伝統、逆境への対応力、創意工夫、柔軟性、世代を超えて受け継がれる知識です。Araújo氏は自身の家系に何世代もの仕立て職人がいることに触れ、Onofre氏は、素材や生産条件に制約があるときも解決策を見つけ、顧客の要望に素早く応える力を強調しました。
デザイナーのArmando Cabral氏は後のセッションで、かつてポルトガルが「第二候補」や低コストの生産拠点として見られていたことに言及しました。そこから長い時間をかけて脱却しようとしてきたのです。
現在の提案価値は、専門技術、対応力、職人技、蓄積された総合的なノウハウ、そして高付加価値の商品を生み出す能力にあります。
海外市場を考える企業にとって、この違いは重要です。価格の安さはすぐに伝わります。一方、職人技や技術の深さ、柔軟な対応力も同じように価値を持ちますが、買い手がその重要性を理解するまでには、説明や実証が必要になることがあります。
サステナビリティは素材選びの前から始まる
セッションでは、サステナビリティを素材のラベルだけで判断すべきではない、という話が繰り返されました。製品設計、労働環境、地域のバリューチェーン、長く使えること、生産計画、そして使い終えた後の扱いまで含めて考える必要があります。
その一例が、ポルトガルの繊維・アパレル産業の再工業化を目指すLusitano Projectです。CENITの公式資料では、計画投資額は約1億1,150万ユーロとされています。
天然・再生原料を使った糸や繊維、製造の自動化、サステナブルなコレクション、繊維工場の排水再利用技術などが開発対象です。
ここで示された考え方は明快でした。循環性をリサイクルの段階で後付けすることはできません。設計段階から組み込む必要があるのです。
ジャケット、靴、バッグが、分解、再利用、再資源化、堆肥化を想定せずに設計されていれば、寿命を迎えた後の選択肢は最初から限られます。サステナビリティは調達だけの問題ではなく、商品開発の問題でもあるということです。
職人技を生かすには、デザインが必要
次のセッション「Made in Portugal: Craft, Design & Identity」では、産業戦略から実際の商品へと議論が移りました。
BÉHENのJoana Frazão Duarte氏は、失われつつあるポルトガルの伝統技法を取り入れたものづくりを紹介しました。ただし、技法を博物館の展示物のように保存することが目的ではありません。若い世代にも欲しいと思ってもらえる商品であることが前提です。
まずデザインとして魅力があるからこそ、着る人は刺繍の意味や技法、作り手の物語に関心を持つ。その「デザインが先」という視点は、ポルトガル以外にも通じると思います。
伝統技法、歴史、職人技があるというだけでは、海外市場での商業的な強みにはなりません。現代の顧客が理解し、使いたいと思える商品に落とし込まれて、初めて競争力になります。
Duarte氏の言葉で特に印象に残ったのが、「時間こそ最大のラグジュアリー」という表現でした。手作業であることだけが価値なのではなく、そこに蓄積された技術、判断、時間に価値があるという見方です。
ラグジュアリーと「誠実さ」
Armando Cabral氏は、職人技を軸とする自身のフットウェアブランドについて、価格と価値が本当に釣り合っているのかを問いかけました。
彼が語ったラグジュアリーは、単なる希少性よりも「誠実さ」に近いものでした。どのように作られているのか、手を抜いていないか、顧客に示す価値に根拠があるか。生産方法や素材、価格に関する情報へ消費者がアクセスしやすくなるほど、この問いは重要になります。
伝統があるだけで高価格が正当化されるわけではありません。サステナビリティを掲げるだけでも不十分です。語る価値を、実際の企業活動で裏付ける必要があります。
サステナビリティの主張から、検証可能な根拠へ
最終セッション「What’s Next: Building the Future of Fashion」では、この議論がより技術的なものになりました。
CTCPの研究ディレクター、Maria José Ferreira氏は、ポルトガルの大規模な靴産業イノベーション事業BioShoes4Allの成果を紹介しました。APICCAPSによる2026年7月の事業終了時の発表では、69のパートナーが参加し、6,000万ユーロの投資を動員、科学・技術・産業分野で200件を超える成果が生まれたとされています。
会場では、植物タンニンなめし革、コルク、松の樹皮由来のなめし原料、コーヒーかすの再利用、単一素材による設計、堆肥化可能な製品などが紹介されました。
ただし、より重要だったのは評価方法です。バイオ由来や再生素材であるという理由だけで、サステナブルと断定してはいけません。炭素排出、エネルギー、水、化学物質、耐久性など、さまざまな要素を測定できます。ライフサイクルアセスメントのような科学的手法によって、環境配慮を単なる主張から根拠のある説明へと変えられます。
ブランド、規制当局、バイヤーが環境表示に対してより厳密な説明を求める中、この違いは一層重要になるでしょう。
技術革新があっても、需要があるとは限らない
私にとって、商業面で最も示唆が大きかったのは、Fashion CatalystのKaleigh Tirone Nunes氏の発言でした。
ポルトガルにはすでに高い技術革新力と製造能力があります。しかし、課題は別のところに移りつつあるといいます。
「イノベーションはある。足りないのは需要だ」
ブランドによる採用、認知、価格、そして製造企業自身が新しい技術や素材の価値を顧客に説明し、販売する能力が論点として挙げられました。
ここで産業イノベーションの話は、市場開拓の話になります。技術的に優れた素材があるからといって、顧客が自然に生まれるわけではありません。より持続可能な製造工程ができても、買い手が自動的に現れるわけではありません。
産業集積地が研究、技術、生産設備に大きく投資しても、「作れるもの」と「市場が採用する準備ができているもの」の間に隔たりが残ることがあります。これはポルトガルだけの問題ではなく、国境を越えた事業開発でも繰り返し見られる課題です。
イノベーションの価値を、市場に伝わる形へ
海外市場に参入する企業は、まず自社が持つ強みから考えがちです。優れた製品、特許技術、高い製造品質、長年の経験、独自の文化的背景。いずれも重要な資産です。
しかし、参入先の市場は別の問いでそれらを評価します。
その市場のどの問題を解決するのか。誰に必要なのか。買い手が既存の選択肢を変える理由は何か。価値をどう説明すべきか。どのパートナーが商機を前進させられるのか。そして、何をまだ検証しなければならないのか。
市場参入は、製品を手に入れられる状態にするだけの仕事ではありません。企業が持つ能力を、その市場にとって意味のある価値へと置き換えるプロセスでもあります。
ポルトガルのファッション産業は、この点で興味深い事例です。LusitanoやBioShoes4Allのような共同事業を通じて、新素材、技術、生産モデルが育っています。その一方、国連での議論では、それらがブランドや消費者に採用されなければ商業的な成果にはつながらないことも認められていました。
Ferreira氏も、研究者、デザイナー、メーカー、ブランド、消費者をつなぐ必要性を指摘しました。研究成果が産業で使われず、市場にも届かなければ、イノベーションの過程は完結していません。
この日の議論から私が受け取ったのは、製造能力は可能性を生み、市場理解がその可能性を事業機会へと変えるということでした。
製造能力を、実際の商機につなげる
セッションの終わりに、ポルトガル貿易投資庁AICEPのCarlos Moura氏は、ポルトガル産業と取引を考える海外企業にとって、AICEPが「AからZまで」の窓口になると説明しました。海外市場とポルトガル企業、業界団体を結びつける役割です。
AICEPは米国を同国ファッション産業の戦略市場と位置づけており、ポルトガルはこうした接点の強化にも投資しています。
その成果は、何を生産できるかだけでなく、個々の市場でブランド、バイヤー、パートナーにその能力をどれだけ理解してもらえるかに左右されるでしょう。
これは新しい市場を目指すどの企業にも共通する課題だと思います。優れた製品、強い製造基盤、意味のある技術革新は不可欠です。しかし、それらがあっても、相手市場を理解する仕事は省略できません。
よくある質問
Made to Matter: Portugalとは何ですか?
2026年9月10日、ニューヨーク・ファッションウィーク期間中に国連本部で開催されたイベントです。United Nations Fashion and Lifestyle Networkの年次会合の一環として、ポルトガルのファッション・靴産業における職人技、製造技術、イノベーション、サステナビリティの関係が議論されました。
ポルトガルのファッション製造業の競争力は何ですか?
長年の製造基盤、技術的なノウハウ、職人技、柔軟な生産体制に加え、新素材や製造技術への投資が強みです。AICEPなどによると、同国のファッション産業には6,000社以上があり、輸出額は70億ユーロを超えます。
BioShoes4Allとは何ですか?
バイオ素材、循環性、持続可能な製品、先進的な製造技術を対象とするポルトガルの靴・皮革製品産業の共同イノベーション事業です。APICCAPSによると69のパートナーが参加し、投資額は6,000万ユーロ、成果は200件を超えました。
Lusitano Projectとは何ですか?
天然・再生繊維、新たな繊維技術、製造自動化、持続可能なコレクション、資源効率、国際展開などに取り組むポルトガルの繊維・アパレル再工業化事業です。CENITの公式資料による計画投資額は約1億1,150万ユーロです。
United Nations Fashion and Lifestyle Networkとは何ですか?
国連パートナーシップ事務所による取り組みで、ファッション・ライフスタイル分野の組織を結び、持続可能な開発目標に向けた協力、イノベーション、測定可能な進展を促すネットワークです。
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英語原文:Portugal’s Fashion Manufacturing Model: Where Craftsmanship Meets Market Demand(2026年9月11日公開)。本稿はその日本語版ドラフトです。